介護の仕事をしているからこそ「生きるとは?死ぬとは?」を考えてみよう

介護の仕事は哲学的な仕事だと思います。

生きることは何か?

死ぬことは何か?

そのことと隣り合わせになる仕事です。

自分は、哲学的な物の考え方が好きです。

お金はもっと好きですが・・・。

今日は、そんな自分の考え方の基になった、池田晶子さんについて話そうと思います。

彼女の本は小難しくありません。

でも、生きることとは何かを考えさせてくれるので紹介いたします。

池田晶子さんについて

池田晶子さんはエッセイストでした。

細かい経歴はwikipediaでどうぞ。

2007年に亡くなっています。

JJでモデルをやっていたせいか、美女という部類だと思います。

考えることをテーマにしており、文字通りのエセー(随筆)を書いておりました。

哲学、存在論、ソクラテスあたりをテーマにしていたような気がします。

最初に見たのは、サンデー毎日で連載していた「考える日々」だったと思います。

「なんじゃこりゃ?変な大人」という印象でした。

読むうちに「物事を別な視点でとらえる人がいるものなんだな」と思うようになりました。

なぜ、この人のことを書くようになったのか?

それは介護の仕事は生きること、死ぬことを考えなければいけない場面が多くあるからです。

そして、生きることについてマヒしてはいけない仕事だからでもあります。

もし、死生観について興味ある人には、彼女の「41歳からの哲学」を紹介します。

死はあるのか?

学校で「死はあるか?」という、試験問題が出されていました。

私は「死」はないと考えてしまう方です。

自分なりに今の段階(2020/1/15)での考えを吐き出してみようと思います。

小山邦広 2015/1/15での死生観

誰も死ぬことを体験した人はいません。

皆さんが死と思っているのは、死んだ肉体を見て想像しているのにすぎません。

臨死体験をした人が語る世界も、あくまで生きている人が話した世界にすぎません。

誰も臨死体験した話をした世界が、死後の世界だと立証できていません。

消滅することを死とするならば、意識も肉体も存在もなくなります。

同時に考えることすらなくなります。

考える主体が亡くなることは無ではないでしょうか?

無になるのが怖いという人もいます。

一方で、そもそも主体が「無い」のだから考える主体もありません。

ということは、死んだあと怖いという概念すらも無いのです。

一方で、死はまっくらな世界だという人もいます。

が、真っ暗だという証明をした人もいません。

あくまでその人の考える想像です。

そもそも考えることもないのですから、真っ暗だとどうして認識できるのでしょうか?

「人生を死ぬ間際になって後悔したくない」という人もいます。

が、そう思った人の死んだ後の後悔はどこへ行くのでしょうか?

消えるのであれば、後悔すらも無駄なのではと思うのです。

とはいえ、死に至る苦痛は大嫌いです。

特に糖尿病は死ぬ間際まで痛みが発生し、モルヒネも効きません。

今のところは死ぬことは怖くはないのですが、死に至るプロセスはイヤです

自分もどうなるかわかりませんからね。

ある日、突然交通事故で死ぬことも天文学的な確率でありうる話です。

心筋梗塞でぽっくりということも考えられます。

死ぬ方は極端な話、誰にもわかりません。

強いて言えば、自分のまわりで残された人の世界はどうなるのかを考える必要はあると思います。

だから生命保険は加入しています。

明日も早いので、この辺までに考察をしておきます。

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